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2007-11-24

一番はじめは… 中編

「一番はじめは…」については、前後編の二回で終わるつもりでしたが、三回で終わることにします。前回に続いて11番からの歌詞を紹介したい。
※歌詞の種類には細かい違いがある。詳しくはこちら

これほど信心したなれど
ナミちゃんの病は治らせぬ

ゴーゴーゴーと鳴る汽車は
タケオとナミコの生き別れ
二度会われぬ汽車の窓
泣いて血を吐くほととぎす

タケオがボートに移るとき
ナミコは白いハンカチを
振り振りながら、ねえあなた
はやく帰ってちょうだいな

一列談判破裂して、
日露戦争始まった
さっさと逃げるはロシアの兵
死んでも尽くすは日本の兵
5万の兵を引き連れて
6人残して皆殺し
7月8日の戦いに
ハルピンまでも攻め寄せて
クロポトキンの首落とし
東郷大将万々歳
大山大将万々歳
中条大将万々歳


10番以降はこんな歌詞となっていた。何か悲惨な歌詞だ。童歌には本当に驚く事が多い。これを歌った小さな子供は意味も分からず歌っていたのだろう。さて、これを考えてみたい。後半は日露戦争を歌ってる。ほととぎすは漢字で書くと「不如帰」となる。帰ってこないようなイメージだ。反戦を歌ったものかと思ったが、何かそれだけではないと思った。ナミちゃんんと日露戦争は関係がないのでは…。佐倉惣五郎を含んだ10番まではやはり古いもので、後半は後年作られたのでは…。考えれば考えるほど謎だらけだった。
ただ一つ思えるのはナミちゃんは佐倉惣五郎の祟りで死んだのでは?、 また日露戦争で生存者6人という記録はないので、これは惣五郎の祟りである村の村人が六人しか生き残らなかったのでは?という事だ。
人に伝わりながら、付け加えられながらして最初の姿が隠れてしまっていると感じた。
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Re: 数え歌について。

コメントありがとうございます。

おっしゃる通り、五万は御門が変化したのかもしれませんね。
質問についてですが、中将大将については正直なところ分かりません。
歌詞には様々なパターンがあるので、元々は一つしかなかったものが、
全国に拡がる内に、当初の意味が忘れられ、各地で変化、付け加えられ
意味が分かりづらくなったのかと思います。

あくまで個人的な意見でしかお答え出来ませんが、この童歌のオリジナルは、
桜宗五郎の祟りを恐れ、それを供養、あるいは封じる為に作られたものと解釈しております。

コメントを読ませて頂き、宗五郎の童歌に関する続きををブログで書こうと決めました。
今書いているものが終わり次第、始めます。良ければ読んでみて下さい。

数え歌について。

一番初めは云々、は各地でなじみの神社などを歌っているようです。個人的には自分でお前理に行ったことがある神社などを入れています。三は讃岐の金毘羅さん、とか八は八幡の八幡宮、十は東京鎮魂舎(浅草寺とか泉岳寺滔々)。十一はなしで数字は十までが切がいいです。
一列談判破裂して、は2月に会戦ですので1月までの談判がダメになったと解釈しています。
5万の兵、は実際には数十万に兵ですから「御門(陛下)の兵を引き連れてと解釈しています。
6人残して、の件は大勝したことを言うのと数字合わせでは。
7月8日の、は8日ではなく遼東(りょうとう)半島での大戦では。7月遼東の戦い、と歌ったのでは。
8はむりしてハルピンを使った。(実際は奉天会戦)。9は個人的にクロパトキンの軍破り、としています。
10の中条大将が調べてもわかりませんでした。当時の陸軍大将に見当たりません。お教え願います。
プロフィール

紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

◆紅葉屋呉服店
momijiyagohukuten.com

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