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2018-02-09

◆犬神様を考える 第11回 ~犬の王 その2~

犬の王の昔話から着目した点を挙げてみた。


まずは神社の社歴からも、昔話からも読み取れる「稲」について考えてみる。稲、米というのは当時の日本人にとって大変貴重な命の糧である。神様にも供えるものだし、米から出来る酒も神に供えるものだ。京都の伏見稲荷の昔話には、伏見稲荷を祀った古代豪族「秦(はた)氏」が増長、慢心したある日、鏡餅を的にして弓矢を射たところ、罰が当たって酷い目にあったというものがあった。


古代の豪族にとって大切だったものが鉄と稲なのである。敵と戦う強力な武器と、命を繋げる食料だからだ。


今日の「国」と言うのは北から南までを日本国と言うが、当時の国は今で言う県みたいな感じであった。それぞれの国に王がいたのである。社歴には天武天皇の時に稲を献上したとあるが、これ、自主的に献上したとは思えない。犬尾・犬頭神社の話でも述べたが、やはりある時期に軍隊と共に朝廷側の使者が来たのだろう。


そしてこの地域の豊富な稲作を見て、それが税金という話になったのではと思える。


伊奴神社④


岡崎市の犬頭神社よりももっと情報が少ないので不明な部分が多いが、この神社の当初の氏神こそ「犬の王」ではないのか。


侵略をうけ、降伏したのか戦って殺されたのかは分からない。


ただ、「犬の王」の昔話から察するに、犬の王とされた人物の塚のようなものがあり、ある時近隣の誰かが氏神様を怒らせることをした。結果、水害が起こり稲(犬の王とされた氏神を象徴するもの)に壊滅的な被害が度々起こる。
 
 
そこへ山伏(能力のある人物)が供養ではなく神を封じる何かを施す。


しかし、約束を破ったことでまた被害が多発。今度は神として祀るしかないということで神社を建てた・・・。


昔話を拾っていくと、祟る神を鎮める方法は3種類あるように思う。


①仏様の力を借りて供養する。

②別の強い神を持ってきて封じ込める。

③祟る神自体を祭り上げて神として祀る。



というものだ。


伊奴神社の地域に残る昔話は、上記で言うと③と②の可能性があると思う。


昔話が7世紀頃だとすると、この時の御祭神は伊奴姫神ではなかったかもしれない。蔑まれ名前も残すことが出来なかった、本来のこの地域の氏神、犬の王とされた人物を祀っていたのでは・・・。


時が流れ本来の氏神が忘れられた頃(平安期)、御祭神の「イヌ」という言葉から、記紀神話の神々の中から呼び名が同じ発音の「伊奴姫神」ではと解釈されたのではと思う。


私は先に犬の王ありきで後から伊奴姫神になったのではと結論を出したが、もう一つの結論として「こういう考え方もできるのでは?」と思えることが出てきた。


過去回で三河に残る「大蛇と犬」と「犬頭糸」の昔話を紹介したが、犬頭糸に出てくる「男女の存在」だけが分からなかった。


でも今回の考察を経て、この男女の存在が分かりかけてきたのだ。


次回はその辺りと、伊奴神社の御祭神、伊奴姫神がなぜ祀られたか?を別の角度で考えたいと思います。



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プロフィール

紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

◆紅葉屋呉服店
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