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2017-10-13

◆名古屋城と魔除けについて考える 第7回

◎「田」の字の謎

ブロック単位で区分けされた城下町。そのブロックの中心には寺社が設けられた。


この話を知ってから、私は以前博物館で見た土器を思い出していた。


2005年に愛知県安城市の歴史博物館で開催された「畏きものたち」という展示会だ。


その中に研究員の中でも謎とされている不思議な墨書土器があった。


かわらけ圧縮


同市の彼岸田遺跡から出土した90数点にのぼる。


8世紀から9世紀に作られた土器に「田」の字が書かれているのだ。


おそらく何らかの呪術的行為であるが、何故「田」の字かは、どんな意味があるかは分からないと言う。


かわらけ圧縮2


この田の字の土器、安城市だけで出てくるわけではない。愛知県には他の地域でも出土例がある。


こういった墨書土器には他の字も確認されているが、「田」の字の例が多い。


奈良時代から平安時代にかけての一般の人の識字率は相当低く、読めない人ばかりだったと思う。だからこれを書いた人は教育を受けた、田の字の意味を知っていた人物ということになる。


奈良から平安初期という時代は、まだ仏教も一般の人には縁が少ない時代だ。その当時は貴族だけが学べる教えで、貴族達は仏教から救いを求めていた。


やがて最澄や空海が唐から輸入した密教の、加持・祈祷と言った仏教の奇跡的な力は、朝廷側に重要視されることになる。しかし、この田の字の土器の場合、密教がまだ広まっていない時代だと思う。

 
仏教でも陰陽道でもない呪いの一種なのである。


現に時代が経って15世紀~17世紀になると、同様の土器の出土例を見るに、田の字の代わりに仏さまの名前を書いたり、陰陽道的な文様に変わっている。

墨書土器③


また、参考にした展示会「畏きものたち」の図録には、「田」の字の土器の破片は、元々の形は〇〇であったという記載は無かったが、思うにこれは「かわらけ(小皿)」だろう。


滋賀県の琵琶湖内にある竹生島の弁才天をお参りに行った方は気づいたかもしれないが、あそこには高い場所から斜面に向けて願いを込めてかわらけを投げるというものがある。


全国を見渡せば、似たような風習が残る寺社は多いが、これはやはり「かわらけ」そのものが呪いに用いるものと言うことだ。


密教や陰陽道が知られていない時期に行われた田の字のお呪い・・・。


となると、考えれるのは田の字のかわらけとは神道的なお呪いということだ。


神道では言霊と言って、言葉には現実を変えうる不思議な力があるとし、また言葉そのものが神であると考えていた。音で発する目には見えない言霊を、目に見える形にしたものが文字である。


文字と言葉は同じ、どちらも言霊の力があるのだ。「田」の字には他の字にはない強い言霊の力があるのである。


一体この田の字にはどんな意味があるのか?


まだ誰も分かっていないこの謎を自分なりに解釈した時、この田の字の真意が、名古屋城下の町造りに関係しているのでは?と思えてきた。


長くなってきたので今回はここまで。次回は田の字の謎パート2です。(あくまで私の説です)



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プロフィール

紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

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