FC2ブログ
2017-12-24

◆マリア観音像

毎年クリスマスの時期になると、我が家ではマリア観音像の祭事をしている。

先祖から伝わるマリア観音像。先祖供養も兼ねてのお参りだ。

クリスマス・マリア像⑤

先祖に切支丹だった人がいたようだ。手を合わせてお参りすると暖かい感じを受ける。

クリスマス・マリア像④

カトリックの所作は知らないが、我が家では線香を十字に置いてお参りする。

画像の香炉は御深井焼。蓋部分は消失。

今年の祭事は飛び入り参加(?)で、もう一体マリア観音像が床に設置された。

クリスマス・マリア像③

画像向かって左側にあるのがそれ。

クリスマス・マリア像①

この像、お客様のもので、最近入手されたという。

鑑定と顔の錆を綺麗にするということで一時預かった。

お客様はお参りする目的で手に入れた。父は霊感がある人なのでこの像を調べたが、以前の持ち主はマリア像として真面目にお参りしていたものだと分かった。

生が入っているのだ。悪いものは何もなかった。

我が家のマリア観音像をお祭りする日に持ち込まれたのも何かの縁と、一緒に簡素ではあるがお祭りすることに。

クリスマス・マリア像②

これに祈りを捧げていた方はもういないのだろう。おそらく残った人が手放したのだ。

祈り手は変わるが、こういうものはきちんとお参り出来る人の所へ行くのかもしれない。

ご縁というのは不思議である。



スポンサーサイト
2017-12-19

◆切支丹の子守歌 その③

もうこのブログで紹介することはないと思っていましたが、切支丹の童歌について追記したいと思います。

記憶というのは不思議なもので、何かの切っ掛けで思い出すことがあります。

普段は忘れていても、脳の何処かには刻まれているのかもしれませんね。

父の記憶から新たに蘇ったのが以下の歌。

以前紹介したブログの「三 フランシスコ・ザビエル 船上の祈り」と対になる歌です。



◆ザビエル船上の祈り対歌 サタンの大波

四、ザビエル船上の祈り(対)

 どとうさかまくふねのうえ
 このはのよふにゆれうごく
 ふうらんしすこのいのりのこえが
 なみにけされてざんざぶざ
 なみにけされてざんぶざざ
 これぞさたんののろいのなみぞ
 ざんぶざんぶざざんぶざんざぶ
 はらいそはらいそざんぶざんざぶ
 かさねておおなみいのりにかぶさり
 さんたざんざぶまりあざんざぶ
 さんたまりあ
 さしものおおなみ
 どこぞにきえたか
 ざびえるいのりのだいしょうり
 はらいそはらいそさんたまりあ
 さんたまりあ

  〈漢字変換〉

 怒涛逆巻く海の上
 木の葉のように揺れ動く
 フランシスコの祈りの声が
 波に消されて ざんぶざざ
 此れぞサタンの呪いの波ぞ
 ざんぶ ざんざぶ
 ざんぶ ざんざぶ
 ハライソ ハライソ
 ざんぶざ ざんぶざ
 重ねて大波 祈りに被さり
 サンタざんぶざ マリアざんぶざ
 指し物大波 
 何処ぞに消えたか
 ザビエル祈りの大勝利
 ハライソ ハライソ サンタマリア
 サンタマリア
 ハライソ ハライソ サンタマリア
 サンタマリア
 

対になることで、より凄みが出ました。

この童歌もそうですが、歴史には忘れられたものも沢山ありますね。



蟹
鉄製蟹 江戸期 伝切支丹祭礼用

紅葉屋呉服店はこちら


2017-12-07

◆猫の歌

変わった家だからか、紅葉屋のお客様の中には、当店のことを「個人宅では名古屋最大のパワースポット」と呼ぶ方もいます(笑)

確かに住んでる私から見ても、よくよく考えると大変面白い家でもあります。

また父が特殊な才能を幼少の頃からもっていることもあり、家で祀る稲荷神の声を聴くことが出来るようです。よくお喋りしています。

そんな時、父はよくペンをとりメモを書いていますが、稲荷神、というより神々とのやり取りは5・7・5・7・7の歌を用いています。


で、今回のお話ですが、我が家のお稲荷さんが家で飼っている老猫のムーちゃんを見て歌を詠みました。

この時、ムーちゃんは店におりました。



あらさむの
ねこのるすばん 
おもしろや
(稲荷)



と詠み、それを聞いたムーちゃんはこう思ったそうです。(猫は稲荷が見えるらしい)


おもしろの
おもくろもない
たいくつの
ねこのいっせう(一生)
ながくみじかく
(猫のムー)



補足すれば、猫の気持ちを読んだ稲荷神が歌として代弁したということでしょう。


「あらさむ」という言葉は室町時代くらいの表現で、寒いなぁということです。


猫が店番している。面白いなという言葉に対し、面白くも黒くもない退屈ですと答えたということ?です。


不思議な父を親にもったおかげで、日々色々あって楽しいですね。


現代版の日本霊異記のような感じです。


そりゃ、猫や犬も毎日考えてるし、思うこともあるだろうな・・・。


神仏の話を聞くと頭から否定する、あるいは無関心という方も多いですが、日々これだけいろいろあると、家族のように身近に感じるのが普通になってますね。ある意味疑いなく信じれるというのは有難いことです。


お猫
猫のムーちゃん




2017-12-05

◆切支丹の子守歌 その②

祖父が歌っていた子守歌で、父が思い出したのが以下の6編です。




一、 雪のサンタマリアの歌

 みかづきかがやく くものうえ
 おさなごかかえし せいぼしの
 とおときおすがた あおぎみる
 ふたりのせいにん なをとえば
 われは いぐなすろよらなり
 かたや ざびえるふらんしすこ
 はらいそはらいそさんたまりあ
 さんたまりあ
 はらいそはらいそさんたまりあ
 さんたまりあ

 〈漢字変換〉

 三日月輝く 雲の上
 幼子抱えし 聖母子の
 尊き御姿 仰ぎ見る
 二人の聖人 名を問えば
 我はイグナス・ロヨラなり
 かたや ザビエル・フランシスコ
 ハライソ ハライソ サンタマリア
 サンタマリア
 ハライソ ハライソ サンタマリア 
 サンタマリア




二、ザビエルのクルス 海底に落とす歌

 みくににかえる ふねのうえ
 ふらんしすこざびえるの
 みてをするりと ぬけたいま
 くるすは うみのそこにあり
 はらいそはらいそさんたまありあ
 さんたまりあ
 はらいそはらいそさんたまりあ
 さんたまりあ

  〈漢字変換〉

 御国に帰る船の上
 フランシスコ・ザビエルの
 御手をするりと抜けた今
 クルスは海の底にあり
 ハライソ ハライソ サンタマリア
 サンタマリア
 ハライソ ハライソ サンタマリア
 サンタマリア



 三、フランシスコ・ザビエル船上の祈り
 
 どとうさかまくふねのうえ
 このはのように ゆれうごく
 ふらんしすこの いのりのこえが
 はらいそはらいそさんたまりあ
 さんたまりあ
 はらいそはらいそさんたまりあ
 さんたまりあ

  〈漢字変換〉

 怒涛逆巻く船の上
 木の葉のように揺れ動く
 フランシスコの祈りの声が
 ハライソ ハライソ サンタマリア
 サンタマリア
 ハライソ ハライソ サンタマリア
 サンタマリア



四、ザビエルと蟹の歌

 いかなことかと ぎょうてんすれども
 こおれぞざびえるななふしぎ
 くるすをかざすは かにのたいぐん
 ふねにのぼりて ざわざわと
 ざびえるよろこび くるすをうけとり
 めにはなあみだ ひたおちる
 はらいそはらいそさんたまりあ
 さんたまりあ
 はらいそはらいそさんたまりあ
 さんたまりあ

  〈漢字変換〉

 如何なことかと仰天すれども 
 此れぞ ザビエル七不思議
 久留須を翳すは 蟹の大群
 船に登りて ざわざわと
 ザビエル喜び 久留須を受け取り
 目には涙ひた落ちる
 ハライソ ハライソ サンタマリア 
 サンタマリア
 ハライソ ハライソ サンタマリア
 サンタマリア



五、踊るサロメの歌

 おっそろしや おそろしや
 おどるさろめの おぞましさ
 よはねのくびをこのぼんに
 のせろとへろでにものもうす
 ゆるしてたもれとなみだして
 はらいそはらいそさんたまりあ
 さんたまりあ
 はらいそはらいそさんたまりあ
 さんたまりあ

 〈漢字変換〉

 恐ろしや 恐ろしや
 踊るサロメのおぞましさ
 ヨハネの首を此の盆に
 乗せろとヘロデに物申す
 許してたもれと涙して
 ハライソ ハライソ サンタマリア
 サンタマリア
 ハライソ ハライソ サンタマリア
 サンタマリア



六、ヨハネパブテスマの歌

 ごうとながれるよるだんがわの
 よはねのせんれいぱぶてすま
 みくにはきたらんときはいまぞよ
 よはねのこえがそこかしこ
 はらいそはらいそさんたまりあ
 さんたまりあ
 はらいそはらいそさんたまりあ
 さんたまりあ

  〈漢字変換〉

 轟と流れる ヨルダン河の
 ヨハネの洗礼 パブテスマ
 御国は来たらん 時は今ぞよ
 ヨハネの声が 其処彼処
 ハライソ ハライソ サンタマリア
 サンタマリア
 ハライソ ハライソ サンタマリア
 サンタマリア



以後、延々と五十篇ほどありました。尚、ハライソは天国と聞いております。


おしまい。


聖書
聖書 昭和5年発行(皮表紙)


→ 紅葉屋呉服店はこちら
2017-12-04

◆切支丹の子守歌 その①

今回は私の父(昭和二十年生)が幼少の頃、祖父から聞いた子守歌の話です。


平成29年11月24日の某新聞記事で読んだ、河村市長発信の「ご当地ソングつくろまい」から、父の忘れていた過去の記憶が蘇った。


私の先祖は豊臣方の侍であり、古田織部の友であった。そして隠れ切支丹でもあった。


当家には古田織部も切支丹であったという伝承がある。


今からご紹介する子守歌は、祖父が若き頃、はっきりとは分からないが、名古屋市中区のとある教会(集会所?)にて教えてもらったとのことであった。


我が家は浄土真宗だが、祖父はカトリックの洗礼名をもっていた。


何故と聞いても教えてはもらえなかった。


何処の教会か、誰に聞いたのかは祖父が亡くなった今では知ることも出来ない。


父の話では祖父が通っていた教会には先祖に隠れ切支丹がいた方々が何人かおり、その方達に聞いたと言う。


かなり長い歌で、五十ほどあったが、現在では断片的なことしか分かっていない。


歌詞を読むに旧約・新約聖書に沿った内容のようだ。。


祖父は戦中戦後を生き抜いた人で、アメリカ嫌いであった。


故にアメリカの映画は絶対に観ようとしなかったが、「十戒」と「ベンハー」だけは父と観に行ったと聞いた。


河村市長が提案する「新たなご当地ソングを作る」とは全然違う内容だ。


しかし、あの記事を父が読んだことで思い出せたことは、何かの縁だと思ったのでこのブログに書くことにした。


こんな誰も知らない隠れ切支丹の子守歌が、もし名古屋の歴史に一つ加われば、どんな形にせよ残れば良いなと思う。


また忘れられた名古屋切支丹の供養の為になれば幸いです。



                                 


※今回は父の書いた原稿に基づき紹介します。



マリア観音

マリア観音 江戸時代
プロフィール

紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

◆紅葉屋呉服店
momijiyagohukuten.com

最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
FC2カウンター
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる