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2012-08-20

滝山寺 最終回

~続き

滝山寺の御開帳n際、初めて内陣の中に入り中の仏像群をお参り出来た。
その仏像群の中で、大変珍しい仏像が一体あった。

お寺のHPを開くと沢山の仏像画像が公開されているが、
そこには載っていない。

撮影禁止だったので写真はないが、調べてみたら岐阜県のHPにその御姿(画)はあった。

刀八毘沙門天

その仏像の名前は刀八毘沙門天と言う。

毘沙門天とは四天王の一角、多聞天のことであり、単独で祀られる時は毘沙門天になる。
その毘沙門天のもう一つの異形の姿がこの刀八毘沙門天である。

画像では分かりにくいが、滝山寺の刀八毘沙門天像は頭が横並びで4つあり、
腕は8本、それぞれの手には刀が握られ、獅子に跨っていた。

単純に考えて毘沙門天4体分の力を持っていそうである。
滝山寺で見たそれは、白木で無着色、時代は江戸期くらいのものであった。。
今までお寺巡りをしていて初めて目にした仏像だった。

それはあまりに呪詛的で、本来は公開してはならない仏像ではと思える。

刀八毘沙門天はおそらく天台宗独特の御姿の仏だ。
この仏像を祀らねばならない背景と徳川家が滝山寺を擁護していたのも無関係ではないと思う。

お寺や神社は隅々まで観ると意外な発見があり、
それを「何故?」と考えるとどんどん面白くなってきます。

おしまい
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2012-08-17

滝山寺 その5

滝山寺 8

滝山寺には立派な仁王門が残っている。本堂から結構離れた所にあるので、
初めてくると気付かない事もあるが。当時の寺の大きさを今に伝えている。

そんな滝山寺の仁王門には、何やら血生臭い昔話が残っていた。
要約して紹介する。

仁王門が完成したその直後、山門を見に来た老婆が、
「垂木が逆さになっている」
ともらした。それを聞いた匠が鑿(のみお)を口に咥えたまま、
門の階上より飛び降りのど元をついて死んでしまった。

その匠が死んだ場所辺りに一本の椿が生えた。
年々美しい花を咲かせたが実を結ぶことは無かったと言うものだ。

滝山寺 1

その匠を弔う為の塚碑が現在も残っている。

滝山寺 9
(写真は仁王門工事中の時のもの)

『飛騨権守光延之塚』と彫られている。

しかし何という昔話であろうか。

この大工が失敗を指摘され鑿を咥えて自決という話は調べてみたら
和歌山県の道成寺にも残されていた。道成寺の見解ではあくまでも伝説で証拠はないようであるが、
滝三寺の場合はそれを忘れないよう塚碑が残されている。

そう考えると、これは事実だったように思える。
道成寺の他にも間違いを指摘された大工が飛び降り自殺という話はいくつかあるが、
元を辿ると案外ここが発祥地かもしれない。

続く~

2012-08-10

滝山寺 その4

~続き

滝山寺の鬼祭りは大きく分けて前半と後半に分けれる。

探していたら動画があった。

前半の登場人物は大役、十二人衆※、東次郎、西次郎などが祭事を行うが、
ここでは三面鬼は登場しない。

大まかに順番を説明すると、まず本堂内で法会が始まる。
その間、東次郎と西次郎が薙刀を振い東西の悪魔を切る所作を行う。
東、西の順番でやるのは、太陽の通り道と関係があるのかもしれない。

法会を行っていた住職は、やがてそれを半ばにして、外に出て鬼塚の供養を行う。
割と早い段階で鬼塚の供養を行うのは、この「鬼塚」がこの鬼祭りの要であることが分かる。
その後、五穀豊穣などの祈願の所作がある。

そしていよいよ祭りのメイン、大きな松明と共に鬼が現れる。

鬼祭り
(滝山寺HPより)

三面鬼は、白装束に白いほっかむりを被った男達を背後に背負い、外陣を駆け回る。

動画で初めて見たときはこの場面が異様に感じた。

資料を読んでもこの白装束の人達の説明はない。
歌舞伎で言うところの黒子のようなものかと考えたが、
本来は違った意味があったのではと思う。

私には祖霊を引き連れた氏神(鬼)に観えた。

三面鬼の役割は人々に豊穣や福徳を齎すことであった。
滝山寺では福の神が鬼なのである。

人々は鬼を敵対するものではく、崇める対象としているのだ。

続く~

2012-08-05

滝山寺 その3

~続き

滝山寺では旧暦元旦から行われる修正会、その七日目の結願日に鬼祭りがある。

その時に用いられる鬼面が三面残っている。

鬼面

宝物館に残っているのは三つの鬼面は、祖父鬼、祖母鬼と孫鬼だそうだ。
寺伝によれば元々この鬼面、全部で5つあったそうだ。
無くなっているのは父鬼面と母鬼面で、これが鬼塚と関係していると云う。

今から数えてどれくらい前の話かは定かではないが、滝山寺の鬼祭りの当日、鬼役をやりたいと
三河鳳来寺の山伏二人が申し出てきた。本来、鬼役をする者は七日間にわたる行をしなくてはならない。
それが約束事になっているが、山伏達は「我々は修行を積んでいるから大丈夫だ。」と強引に鬼役を演じた。

山伏達は行をすることなく祭りに参加し、祭りが終わった後、
鬼面を外そうとしたら顔に張り付いたままとれなくなってしまい、
そのまま窒息して死んでしまった。

そう、鬼塚とは、この山伏達を埋めた塚だったのだ。
寺の資料を読んでも父母面がどうして無くなったかは書かれていないが、
寺伝が正しければ、山伏達と一緒に塚に埋めた事になる。

何とも奇妙かつ鬼の力の強さを知らしめす話である。

滝山寺では「鬼」についてどういう解釈をしているのか?
次回は実際に行われている鬼祭りから考えてみます。


続く~


2012-08-03

滝山寺 その2

~続き

滝山寺には奇妙なものがあった。「鬼塚」である。
この鬼塚、初めてお参りに行った人の話を聞くに、

「知らない。そんなのあったっけ?」

と答える人が多い。

私も初めて行った時、宝物館で販売していた滝山寺のパンフレットを手に取らなかったら
知らずに帰っていたと思う。

お寺の方に、「これ何処にあるんですか?」と聞いたら「? 本堂の前ですよ?」と言われた。
さっき行ったばかりで気付かない訳が無いと思い、再度本堂に戻ったら確かにあった。
決して目立たない訳ではない。

滝山寺 6

大きな石仏もあるし、立て看板もある。
滝山寺 4

むしろ何で気付かなかったのか不思議なくらい目立っていた。

滝山寺は天台宗の寺院らしく多くの仏像があるが、
珍しいものでは運慶が作ったと言われる鬼面が残されている。

この鬼面、天下の奇祭と云われる、鬼祭りに用いられるものだ。

この鬼塚と鬼祭りは深く関係しているもので、興味深い昔話が残されていた。

続く~

プロフィール

紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾

Author:紅葉屋呉服店:店主 加藤大幾
名古屋市内で呉服中心で古美術も扱っているお店をやっています。

主に趣味のお寺と神社の参拝を中心としたブログです。

◆紅葉屋呉服店
momijiyagohukuten.com

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