もみじの記録帳
古き良きものや、日々の気付き、思ったことを気ままに記録しています。
桃太郎伝説 第2回
〜1月24日の続き〜

五十狭芹彦命は岩の上に矢を置き鬼ノ城に攻撃を掛ける。これに対し温羅は大岩を投げ飛ばして対抗した。五十狭芹彦命が放った矢は、温羅の投げた大岩に悉く当たり吉備中山と鬼ノ城の中間に落ちた。

五十狭芹彦命の戦略は確かで、軍も精鋭揃いだったが、矢が届かぬので戦が長引いていた。夜になると鬼達は城から出て周囲の村を襲った。これに対して五十狭芹彦命は楽々森命(ささもりのみこと)を遣わし村を襲う鬼達を倒した。勿論他の部下達も鬼達を倒していった。

ところが不思議な事に倒したはずの鬼達は次々と元気を取り戻し戦列に復帰して来た。倒しても倒しても数が減らないので、五十狭芹彦命の軍は次第に疲弊していった。戦況はだんだんと不利になっていく・・・。

何故鬼達が復活してくるのか?疑問を抱いた五十狭芹彦命は密かに部下に鬼ノ城周辺を探らせた。すると山奥に温泉があり負傷した鬼はそこで傷を癒していることが判明した。そこで五十狭芹彦命は部下に温泉を埋めるよう指示し、自らも呪術で温泉を水に変えたところ、鬼達は復活しなくなったのである。

〜続く〜

【ここまでを考える】
鬼達の温泉の話を聞いて、戦国時代の武田信玄を思い出した。信玄の領地にも傷に良い温泉があったそうだ。強い軍隊に薬湯は欠かせなかったのだろう。
桃太郎伝説 第1回
※まずは手元にある資料や、伝承等をもとに桃太郎伝説の大まかな紹介をします。

昔話「桃太郎」に登場する鬼の名は温羅(うら)と云う。温羅は百済の王子で、各国で悪事を働きながら日本に渡来し吉備(岡山県)の地に住み着いた。

身長は1丈4尺(5mちょっと)で髪は赤く縮れ、髭は長く、眼は獣のように輝き、頭には瘤のような形状の角があり、一般的によく知られる鬼の姿だったという。
温羅は怪力で、様々な呪術を行使し、空を飛んだり、火を吐いたり、子供や動物にも変身できた。また飛んで来た矢に岩をぶつけるという技を使って体に矢が命中するのを防いだとも伝えられる。

日本各地に残る鬼伝説に登場する鬼の中でも、桁外れの能力を持っていた。温羅は吉備の新山に城(鬼ノ城)を構え手下を集め吉備国を荒らし始めた。朝廷への貢物を奪い、人を捕まえては釜で煮て食ったりした。吉備の人々は大和朝廷に助けを求めた。だが、朝廷から派遣された軍は、ことごとく温羅に打ち破られた。

温羅は自らを吉備冠者(吉備の王)と名乗り支配を続けた。時の天皇、崇神天皇(BC148〜30第10代天皇、実在の初代天皇と言われる)は唯軍を送ったのでは温羅は倒せないと判断し、武勇誉れ高い五十狭芹彦命(いさせりひこのみこと:桃太郎のモデルと云われる)に温羅討伐を命じた。

大軍を率いた五十狭芹彦命は吉備中山に陣を敷き、吉備中山西にある片岡山に部下を派遣し砦を築かせた。一方、朝廷軍の様子を見た温羅は部下と共に鬼ノ城に篭り戦いに備えた。戦いの火蓋が切って落とされたのである。

〜続く〜

【ここまでを考える】
温羅の特徴からも、とてつもない力を持った集団だったと考えられる。岡山の豪族だったのだろう。

節分の鬼
だんだん節分が近付いてきた。節分をイメージすると、前回紹介した「恵方巻き」ともう一つ、有名な「豆まき」が浮かんでくる。「鬼は外、福は内」だ。

子供の頃は特に何も思わなかったが、大人になって別の見方が出来るようになった。全国的には「鬼は外」のが圧倒的に多いが、地方によっては「鬼は内」と言うところがある。なかには「福は外」と言う所もあるから驚きだ

名古屋の大須観音の節分行事では「福は内」しか言わないらしい。「鬼は内」という地域に共通していることは、地名に「鬼」という一字が使われていたり、鬼に纏わる伝説のある神社があったりする。鬼=悪という図式が成り立たないという訳だ。

日本には様々な鬼伝説がある。其の中でも「酒呑童子(しゅてんどうじ)」と「桃太郎」の二つが特に有名だろう。次回から後者「桃太郎」に出て来る鬼について紹介したい。
まとめ 「所謂恵方巻きについて 最終回」
歳徳神への御祭りの仕方は調べても分からなかった。また、御祭神として祀ってある神社も把握している限り、全国に2箇所しかない。昔から人気が無かったのか…。私は、本当はもっと別の意味があるような気がする。内密にしなければならない理由、公には出来なかったのではと思えてならない。

さて「恵方巻き行事」を纏めるとこんな感じだ。
〃段に向って食事を備える。
海苔巻きでなくてもよい。海苔巻きなら丸ごとはお供えしない(方が良いと思う)
食事をお供えするなら和食が良い(と思う。)
い水とお酒も一緒に。
イ供えする時間は人間が一食にかける時間を目安に。
Δ下がりは残さず頂く。
Э紊笋酒も捨てないように。
┣爾欧真紊魄むのに抵抗があるなら沸かして飲んだり、植物にあげたりして無駄にしない。
┳催日はやっぱり節分が良い(と思う)

なお、大切な事は、お願いをやたらめったらしないと云うこと事だ。1年間無事に過ごせたのが有り難い(守ってもらえた)という解釈をしてもらいたい。特別良い事があった1年ではなくても、健康で障りも無く過ごせた事こそが素晴らしいからだ。
茶席の掛け軸でよく用いられるものに「禅語」がある。その中に「無事是吉祥(ぶじこれきっしょう」というものがあるが、まさにこれを意味してるよなと思った。

※八将軍の話をしていて、東京には「八王子」なる地名があったのを思い出した。ひょっとすると八将軍が御祭りしてあるのかもしれない。いつか調査に行きたいです。



お供え 「所謂恵方巻きについて4」
節分には何故海苔巻きを食べるかは諸説あるようだが、これはおそらく、大阪の方の熱心な商人が売り上げが欲しいからという理由で考えたものが、全国区になってしまったようだ。

私が考える「恵方巻き行事」の真の姿は、旧暦の年度替りの時期に、一年間恐ろしい崇り神から我が家を守ってくれた「歳徳神」に感謝し、そのお礼として食事をお供えしてもてなす。そして、そのお下がりを家族皆で分けて食べる。(お下がりを食べるという事は繋がりが出来る)

現在行われている「恵方巻き行事」では、最も大切な「歳徳神への感謝」がスッポリ抜け落ちてしまっているのだ。

お供えものは海苔巻きでなくてはならない、という訳ではない。そこに感謝があるのならご飯とお味噌汁でも良いと思う。無論、海苔巻きが駄目という事でもなく、海苔巻きをお供えするなら(相手は女性なので)食べやすいように切ってあげると親切というものだろう。

もはや有名な行事なのに、忘れられてしまった「歳徳神」が気の毒に思えてきたので今回は恵方巻きについて取り上げてみました。

歳徳神 「所謂恵方巻きについて3」
※暦に登場する神々については、勉強不足もあるのであくまで「自分が思うに…」で始めます。

歳徳神については様々な説がある。謎が多い神様ともいえるが、一般的な説をここではとりたい。前回●で表現した崇り神にはそれぞれ名前がある。その中で「八将軍」と呼ばれ昔から畏れられている神々がいる。「太歳神」「大将軍」「太陰神」「歳刑神」「歳破神」「歳殺神」「黄幡神」「豹尾神」だ。元は大陸から渡ってきた渡来神だろう。

八将軍の母と呼ばれるのが歳徳神で、旦那さんにあたるのが、京都の祇園祭でも有名な牛頭天王だ。牛頭天王はインドから来た神だが、蘇民将来の昔話を読むに気に入らぬ人間を皆殺しにする所からも非常にキツイ性格の神だといえるだろう。

歳徳神(○)は竜王の娘とあるので仏教の神だと思う。それが強烈な崇り神(●)でもある牛頭天王と結婚し八人の王子をもうけた(八将軍)。この変の話は、キリスト教にはない仏教の面白いところだろう。恐ろしい存在まで取り込んでしまうからだ
母親が吉神でも、父親が凄まじい性質という事もあり、生まれた八王子もとんでもなくキツイ神となってしまった。

現在の暦を見るに、八将軍と人間の間には約束事がある。彼らに畏敬の念を持ち、ルールを守れば何も起こらない、しかし、信じずルールを破ろうものなら徹底的に祟られると信じられてきた。そこで大昔の先人達は何か崇りを受けない方法は無いかと考えた。

行き着いた方法・・・、それこそが、八将軍の母であり竜の力を持つ「歳徳神」に守ってもらおうというものだったのだ。

続く〜

○と●  「所謂恵方巻きについて2」
手元にある高島易断の暦と、椿大社の暦は基本的に同じものだ。が、後者の方がはっきり書いてあるのでこちらで説明したい。日本には国を取り巻く神々がいると考えられてきた。暦には様々な神々が登場する。一年間のそういった神々の動き(毎年変わる)を判り易く説明した「吉凶早見盤」を見ると、○と●が沢山記してある。○は吉神を現し、●は凶神を現している。

これを見ると、過半数が●である事が分かる。○が10に対して●が15あるのだ。
※●の凶神の事を以下、「崇り神」とします。

崇り神は人間に災いを齎す。ルールを破ったり、不敬な態度をとると敵に回してしまうと考えられてきた。こういった暦学を考えたのは誰かは知らないが、大昔の日本人は日本を取り巻く神々の存在に気付いた。「今年はこの方角には●がいる。こちらには○が…、だから刺激しないように、これはしてはならない・・・」そういった積み重ねの集大成が現在の暦学になっていったと思う。

これを踏まえて次回は○の代表格、歳徳神の話をしてみたい。

続く〜



海苔巻き  「所謂恵方巻きについて1」
昨日、所属している経営者の勉強会で新年講演会が行われた。その時に節分で食べる「恵方巻き」の中の具材を作っている社長の話があった。コンビにの予約販売も始まったこの「恵方巻き」調べてみると面白い事が分かった。

この恵方巻き、節分にその年の恵方を向いてかぶりつくという習わしだが、この場を借りてはっきり言わせてもらえば、(現在のやり方では)まったく意味を為さない。商売繁盛だとか交通安全とか何でも兼ねて宣伝している業者もいるが、大切な事を忘れてしまっている。

それは何か?何故恵方を向くのか?理由は一つ、毎年変わる恵方には「歳徳神」という姫神がいらっしゃるからだ。高島易断や椿大社に代表される暦を見ると歳徳神は「一切の凶殺を退け幸福を司る女神」とある。恵方巻きの行事はこの方無くして成り立たないという事だ。

続く〜
BS観てたら。
正月休みにNHKのBS放送で視聴者が選ぶ全国の仏像を紹介する番組があった。手紙を元にその寺や仏像についての思い出を語りながら紹介する番組だ。
素晴らしい仏像の映像が沢山流れたが、一際、異様な迫力のある仏像があった。福岡のとある寺に祭られる、7メートルの木彫の千手観音だ。平安〜鎌倉時代のその仏像は、厨子を開けるところから映されていた。

テレビの画面越しにも関わらず、厨子が映った時から「これはとんでもないものが入っている」と直感した。霊木で彫ったエネルギーの塊のようなその姿は、尋常ではない雰囲気を醸し出している。実物を観たら足が震えるかもしれない。

その千手観音を紹介した視聴者が、写真を趣味としているお父さんだった。しかし、その千手観音を参拝し、何枚か写真を撮ったが、現像したら全部ぶれていて、まともに撮れたのは一枚もなかったそうだ。番組内でもぶれた顔の写真を紹介していた。

嘗てこのブログでも紹介したが、神社に行って不思議な写真が撮れる時は、デジカメに異変が起こる。そう、このお父さんと同じく、画像がぶれまくり焦点が定まらなくなる事があるのだ。

福岡までは遠いが、この千手観音、一度お参りに行ってみたいと思った。

今年になって間も無く、雪山での遭難事故があった。4人亡くなられたそうだ
亡くなった方や御家族の事を思うと辛くなる。
冬になると毎年遭難事故が起こっている気がする。「八甲田山」という小説を以前読んだが、どうしても遭難した原因を指揮官に求めてしまいがちだが、あの失敗した原因がボケてしまっていると感じた。そもそも「冬山には入ってはいけない」と昔から日本人は考えていた。何故なら山の神が冬には帰って来ていると信じられていたからだ。

小説の中でも村人が同じような事を語る場面がある。趣味が高じて、自分でも不思議な体験をし、信じられないような写真を見てきた。今迄ただ漠然としたいたものが確信として感じるようになった今、山に神がいても不思議ではなくなった。

実際、登山をして被害にあった方には申し訳ないが、なんらかの配慮が欠けていたんじゃないのかなと思う今日この頃です。
初詣
皆様、新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

さて毎年正月は初詣に出かけるが、今年はこんな順番で神社を参拝した。まずは我が家の守護神「最上稲荷」、次に氏神様でもある「白山神社」、その次に色々とお世話になった地蔵寺の「白旗稲荷」を参拝してきた。

明日はこれまたご縁を頂いた「闇森神社」と「氷上姉子神社」を参拝してくる予定。自分が参拝する神社で最も賑やかなのは氷上姉子神社だ。何時だったか、元旦に行った時、境内がゴミだらけだった時があった。見かねて掃除して帰って来たが、腹が立つと同時に寂しくもあった

初詣は氏神様をお参りするのが一番良いと思う。氏神様は一年間氏子を守ってきてくれたからだ。中には「氏神様が無い」とか「分からない」という方がいるかも知れないが、探せば何かしらあると思います。それが切っ掛けで地元の歴史にも興味が出てくるかもしれない。町名とかもヒントになる事があります。

昔、世界中を旅行したいと思っていた。世界を知ることは勉強になるのは間違いないだろう。しかし、今はもっともっと日本を知りたい。神社と寺は、最も日本の深いところにあるものだと思う。