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Author:もみじhk
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| もみじの記録帳 古き良きものや、日々の気付き、思ったことを気ままに記録しています。 |
| 子供に伝わる話 |
大型スーパーでジャ○コがある。子供の頃、母に付いて行った記憶があるが、確かジャ○コのテーマソングがあった。当時のCMでも流れていたので、聞くと「ああ、あったあった」と思い出す人もいるだろう。〜ジャ○コで会いましょ 〜で始まる歌だ。
小学生低学年頃だったか、このテーマソングの替え歌が学校で流行っていた。姉に教えてもらった歌は確かこんな歌詞だった。 〜ジャ○コで万引き タマ○シ食い逃げ ユ○ーでかつあげ 捕まった 〜という、今思えばろくでもない替え歌だ でも口ずさむと懐かしさも手伝いクスッと笑えてくる 。
最近、Uという仲間と何気に昔の話をしていて、彼がこの歌を口ずさんでいたのを聞いた。「何で知ってんの?」という話になり少しだけ盛り上がった。私と彼の家は同じ名古屋市だが、端から端というようにかなり離れている。それにも関わらず、知っていたという事は、当時如何にこの歌が子供の間で流行っていたかが分かるだろう。話をしていて驚いた事があった。何と彼の育った土地には二番が存在していたのだ それは、〜刑務所脱獄 〜で始まる前向きな歌だった 前置きが長くなったが、子供達の中で離れた土地なのに似たような話が広まる事がある。土地土地によって微妙な違いがあるが大筋はにている怪談話などがそうだ。15年くらいたつだろうか。「学校の怪談」という映画が流行り、その中で「トイレの花子さん」が全国的に有名になった。これについて面白い記事を見つけた。
〜続く〜
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| 〜「うしおととら」について 最終回〜 |
金神様は祟り神としての姿が有名になってしまった。しかし、高島易断の暦についているイラストをよく見ると一概にそうとは言えないなと思った。イラストでは金神様は波の中の岩座に腰を下ろしているが、片手に剣を、もう片方は宝珠を持っている。次に足を見ると剣を持つ方の足は投げ出し、宝珠を持っている方の足は座禅のように折り曲げている。
これを見て、無礼な者には即座に立ち上がり剣で攻撃し、敬意を表す者には福徳を齎すのではと考えるようになった。
「うしおととら」に話は戻るが、潮ととらは妖怪にも怖れられるコンビだ。この二人を日本古来の金神様と考え、作中のラスボス、白面の者を大陸から来た大災厄として考えると、日本を守る為に金神様が大活躍する凄い話とも考えられる。
作者がそこまで考えているとは思えないし、いろいろな見方があると思うがこんな見方もあるという話でした。
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| 〜「うしおととら」について4〜 |
うしおは獣の槍という妖怪を滅ぼす槍に選ばれた少年だ。獣の槍は紀元前の中国で「白面の者(はくめんのもの:作中最強最悪の大妖怪)」を滅ぼす為にある刀工が自分の妹を炉にくべ、怨念と共に鍛え上げた恐るべき妖魔滅殺の鉄塊だ。槍を奮うものは変化し何れは槍に命を奪われてしまう。
作中では槍を持つ潮と、火と雷を纏う金色の妖怪とらは二体で一体の化け物として扱われていた。 前回のブログで金神様は古代の鉄(蹈韛)の神だと推測した。おそらくで始めるが、西日本にいた製鉄を生業としていた豪族がいて、その当時の権力者に滅ぼされた後、恐ろしい荒ぶる神となったのだろう。鉄には火が付き物だ。火を操るとら。鉄の槍を奮う潮。うしおもとらも元は人間(とらが元人間というのは後半明らかになる)こう考えると「うしおととら」は自分の考えている金神様の姿と被って観えてしまうという訳だ。
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| 〜「うしおととら」について3〜 |
漫画の話で始めたがほとんど金神様の話になってきたなぁ。…続けます。 前回も述べたが金神様はいくつも説がある謎の神様だが、私は日本の古代の神だと思っている。「金」という字は「きん」ではなく「かね」とも読める。「かね」はマネーのことではなく「鉄」という意味があるのだ。私は金神様は、古代の製鉄を生業とする豪族だったのではと考えている。 平安の時代から金神様を怒らせ、敵に回してしまうと大きな災難がふり掛かると信じられた。そうなると障りを受けた家は七人の死者が出ると言われる。これが「金神七殺」だ。家が七人に満たない場合、両隣に被害が及ぶとして怖れられたそうだ。
金神七殺と思われる民話は調べてみると西日本の方によく見かけられる。先の「かね」の話と民話の話を重ねると、日本古代の神と推測した訳だ。
これを踏まえて「うしおととら」の主人公の一人、獣の槍を奮う「うしお」を考えてみたい。
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| うしとらの由来 〜うしおととらについて2〜 |
以前、愛車でドライブ中、同乗者との話でたまたま金神様の話をしていた。「金神様はきっとこういう神様だと思う」というような話をしだした途端、「バキッ!」と音がし、フロントガラスが割れた (このブログで少し話しますがどうかお許し下さい)
さて、金神様の話は平安時代頃には人々に認知されていたようだ。学者や研究者の間でも金神様とはどういう神なのかいろんな意見がある。スサノオノミコトという説もあれば、大陸(中国)から渡来した神だという説もある。謎の多い神様だ 
昔から金神様は凶神と考えられてきた。他の方位の神々と同じく、金神様も毎年ぐるぐる東西南北場所を変えている。そちら(金神様がいる方位)にしてはいけないことをすると怒られる(キツイ障りを貰う)と云う。また、金神様の住まいともいえる定位置がある。それが北東だ。※1これは「鬼門」とも呼ばれ家相で言えば年度に関係なく、不浄なものや火に関するもの、神棚などは厳禁と言われている。
高島易断の暦の最初の方を見ると、八角形の盤図がある。中国では遁甲盤(とんこうばん)とも言う。この盤には東西南北とその年の神々の動きが記されているが、易学では方位を現すとき干支を用いて表記したりしていた。つまり子は北、卯は東、午は南、酉は西という訳だ。ここで先程の金神様の定位置を見るとそれは北東=丑寅となる。
「うしおととら」は作者も「うしとら」と略している。ここで一つの接点が出来た。鬼門の丑寅と金神様のお名前からイメージした金色の大妖怪「とら」が出来たんじゃないかと思う。
※1…詳しくは暦に載っていますのでこちらを参考にして下さい。
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| 暦の神々 〜「うしおととら」について〜 |
「うしおととら」の本編内容については読んでもらうとして、この漫画をすごく簡単に説明すると、二人の主人公、人間の「潮」と500年間妖怪を滅ぼす「獣の槍」によって封じ込まれていた、金色に輝く妖怪「とら(潮が命名)」の冒険活劇だ。なのでタイトルは「うしおととら」という訳だ。
神社を調べていくと段々と範囲が広がっていく。仏教は切っても切れないし陰陽道をはじめとする方位の神々も大事な存在だ。話は変わるが、このブログを御覧になっている皆さんはどんな新聞を取っているのだろうか?我が家では中日新聞を読んでいるが、年末か年始に暦の本を貰っている。高島易断の暦だ。これを開いて読んで見ると分かるが、日本には古来より(家を中心と考えて)各方位には様々な神が存在すると考えられてきた。暦には様々な神が登場する。吉神を○、凶神を●で表記されているが、その殆どは●、つまり凶神(祟り神ともいう)が占めていると分かる。敵に回したら最後災いを齎すというおっかない神々だ。
そんな●の神々の中で大昔から特に注意すべしと伝えられる神がいる。それが「大金神(だいこんじん)」様だ。
「うしおととら」をこの目線で観る。
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| 妖怪漫画 |
妖怪漫画といえば何を連想するだろうか?多くの方は「ゲゲゲの鬼太郎」を思い出すと思う。最近も新作アニメをテレビで放映している。中には「どろろん閻魔くん」という方もいるのかな(年齢がわかるなぁ)
「ゲゲゲの鬼太郎」は水木しげる氏の代表的な作品だが、自分が思う妖怪漫画の最高傑作は、昔、ふらっと寄った喫茶店で何気に読んだのが切っ掛けで全巻集める事になった「うしおととら」と断言出来る(永井豪の手天童子もすてがたいけど)週間少年サンデーに連載された藤田和日朗氏の名作だ。
読み終わった後、心の中にしばらく、主人公らが居たような印象を受けた。この「うしおととら」今目線でみると別の姿が浮かんできた。次回からデビルマンに続く漫画考察第2弾「うしおととら 」を始めます。
「獣の槍よ、来い 」
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| 参拝時注意事項 |
神社を調べ始めて、「これはしない方がいい」という作法などを纏めてみると以下のようになる。
1 神社には必ず正面入り口の鳥居がある。それを潜って入る。 2 神社を出る時も鳥居を潜る。 3 鳥居の真ん中は神様が通るので、ふちを通る。 4 ペットなどの動物は境内にいれない。 5 稲荷神社は犬厳禁。 6 境内に車で乗り入れない。 7 神社の御神木(神社の木全て)は大切にする。傷つけない。 8 境内は汚さない。 9 手洗い場がある時は清めて参拝。 10 神社の後ろの森は特に重要。 11 お願い事はしない方がいい。 12 ↑むしろ、出会いを感謝し「ありがとうございます」の気持で。
これから調べていくうち、もっと気付くことがあると思うが、現段階ではこんな感じだ。
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| やってはいけない事 |
昔、こんな話を聞いた。とある方が全国的に有名な稲荷社の奥の院に参拝に行った。前回のブログでも述べたが稲荷は犬を嫌う傾向がある。にも関わらずその方は犬を連れて入って行った。神社で最も神聖な奥の院に…。その時、何か「大丈夫かな?」と不安に思ったそうだ。
帰宅後、犬に異変が起こった。突然狂ったように吠えまくり、一瞬の隙を突いて家を飛び出した途端、直に車に跳ねられてしまった。それ以来、怖くなってその稲荷社には行かなくなった。
その話を聞いた時、疑問点があったので聞いてみた。
1、他に被害にあった方がいたのか。 2、その稲荷社には始めて行ったのか。
まず1について。気の毒な話だが、被害にあったのは犬だけだった。家族には特になにも起こっていない。次に2については先祖からその稲荷社には参拝に行っていて、修理等の際は寄付などをしていた。おそらくそこの家のご先祖様は熱心な信徒だったのだろう。この二つを考えた時、これは警告 だと思った。稲荷からすれば昔からその家の危機には尽力してきたのに、その子孫は犬を奥の院に連れてきた。本来なら(気付かせる為に)その家に住む人に障りが及ぶのだろう。しかしご先祖からの徳もある。だから可愛そうだけど犬の命だけで収まった。という推測を立てた。
その話をすると気分を悪くするかなと思ったが話をした。何日か経った後、電話が掛かってきた。長年参拝に行かなかった稲荷社に行きお詫びをしてきたというのだ。そうしたら何時も心に引っかかっていたしこりが綺麗サッパリ無くなったという ありがとうとお礼も言われた。
神社の神様は味方にすると心強い反面、怒らせると怖い面もあると学んだ。
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| 稲荷、怒る! |
我が家でもお稲荷さんをお祭りしている関係か、このブログも見直すと稲荷に関係する話が多い。今回もそうです。 名古屋市内に○○稲荷という神社をお客さんの所に向う道中発見した。創建年代不明の稲荷社だ。ここの神社、境内に入ると何かピリピリした雰囲気を感じた。何だろうと思いつつ中をじっくりと見渡してみたら違和感の意味が分かった。
ここの神社、稲荷が御祭神にも関わらず、狛犬だらけだったのだ。入り口は勿論のこと、本殿の周りにも陶器製の狛犬があった。また本殿前には木造の神楽殿があり、屋根下すぐの部分には干支の見事な彫物があったが、稲荷の祭られる本殿ちょうど正面に犬がきていた 稲荷は犬を嫌う。その証拠にこの稲荷社、本殿周りの陶器の狛犬像数体は全て顎は粉々に砕け落ち(柵があって人は入れない所)また神楽殿の犬の彫刻は何とケツの辺りが焦げていた 他の干支は全くの無傷であった。
神社に残る狛犬たちは信者の方々が良かれと思って奉納したものだろう。神社には「狛犬」という発想しかなく、肝心な稲荷は犬を嫌う事を忘れてしまっていた。一刻も早く狛犬は撤去した方が良いだろう。
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| 闇森神社 |
そもそも神社に出かけてカメラに異変が出始めたのは何時頃からだったのか思い出してみた。それは神社を本格的に調べ始めた時、名古屋市の住宅地図を拡げていて発見した「闇森(くらがりのもり)神社」に行ってからだった。父と二人で、同じく名古屋市の「泥江方(ひじえかた)神社」に参拝、撮影し次にむかったのがここだった。
車を止める所はなく、境内には乗り入れたくなかったので、父を神社で降ろし自分は近くのコインパーキングに止めて神社に向った。 神社に到着した時、父がカメラを抱えてオロオロしていた。「何してんの?」と聞くと「いきなりフィルムが飛び出した!」と言っていた。どうやら本来潜らねばならない正面の鳥居を潜らず、後世に出来た横の鳥居から入ったのがいけなかったようだ。しかも参拝せずに撮影したのでフィルムが飛び出してしまったというのだ
後にこのフィルムを現像してみたが、泥江方神社の写真は何とも無かったが、闇森神社で撮影した分だけが真っ黒で何も写っていなかった。 豊川稲荷の「空気の壁事件」を経て鳥居の理屈が分かったにも関わらず、約束事を守らなかったので怒られたと思った。
因みに父が潜った横の鳥居すぐ近くには稲荷が祭られている。
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| 市杵島姫命 |
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)とカメラの話が前回出たので、それと関連する話を一つ。安城市に砂鉄の伝説が残る場所を探索していた時、市杵島姫命を祀る神社を発見した。嘗てこの辺りは寺があったらしく白鳳時代の古瓦なども出土し地元の博物館に収められている。
此処に訪れた時、先客がいた。先客と言っても参拝客ではなく、地元の女の子達が友達との待ち合わせで神社に来ているようだった。彼女達はあろうことか車を本殿真前まで乗り入れ、しかもマフラーを向けエンジンをかけっぱなしでダベッていた。彼女達はすぐにいなくなったが、そこで撮った写真を後で現像してみたら、グレーの長い影が写っていた。明らかに良くない写真だ
市杵島姫命はスサノオの刀から生まれた三姉妹の次女にあたる神で、神道の中で最も美しい女神と言われている。仏教伝来以後は弁財天と合祀されたりした。その女神にエンジン掛けっぱなしで排ガス浴びせる…。写真を見るに「怒り」を感じた。彼女達は自分らがした過ちを考えもしないだろうが、気付かない限り、女性としての幸せは厳しいものがあるだろう。「障り」を受ける可能性が極めて高いと思った。
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| カメラは応える 一姫神社にて |
豊川稲荷で不思議な体験の事を前回紹介したが、こちらの考えに応えてくれたケースは他にもあった。安城市のとある神社を参拝に行った時、嘗てはその神社の境内にあったと思われる小さな社を発見した。住宅地の中にひっそりと佇む神社で名を「一姫(いちひめ)神社」と言う。
神道に登場する神様で一姫と言う神様はいない。「なんだろう?」と考えていたら境内に隣の家に半分潰された枯れた池が目に留まった。 それを見て頭によぎった神様があった。スサノオの剣から生まれたという宗像三神(三姉妹の神)の次女にあたる女神、市杵嶋姫である。市杵嶋姫は水に縁のある神なので池の真ん中に祭られることが多い。 「あっ これは市杵嶋姫だ。名前が忘れられて一姫になったんだ」と発声した途端、父がいつも持っているカメラ(デジカメではない)のシャッターが触ってないのに「カシャカシャカシャ!!」と閉じたり空いたりして撮影出来なくなってしまった まるで「正解です!」と言わんばかりのタイミングだった。
家に帰った途端そのカメラは「カシャン!」といって元に戻った。言霊 はあります。
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| 見えず…でも確かにある壁 |
ここのところ、稲荷の話が続いたのでこのブログの始めの方でも取り上げた豊川稲荷の話を一つ。父の取材を兼ねた神社巡りにお馴染みさんのMさんが参加したいと言ってきた。その時の出来事だ。
豊田市→岡崎市→安城市という地元の人も行かないであろう神社巡りをしていた。豊田市の犬頭神社を参拝時、一つ気付いた事があった。鳥居は結界と言われるが人はもとより、中の神様もおいそれと出れないのでは?と云う点だ。
時間的に昼に差し掛かっていたので、近場の豊川稲荷で昼食をとる事になった。コースには入っていなかったが折角なので豊川稲荷も参拝することになった。豊川稲荷にも奥の院がある。さながら雰囲気は狐塚といった感じで大勢の信者が奉納したのであろう、狐の石像が数百体並べられていた。奥の院には細い参道を入っていく。何か強い霊気のようなものを感じていた。今でもはっきり覚えているが、奥の院の全景が見えた時、数百体の狐像が一斉にこちらを見た 
先に進もうと最後の鳥居を潜ろうとした時、とんでもない事が起こった。目の前に見えはしないが分厚い空気の塊のような壁が現れたのである 触るとフワフワしていた。その後、足が勝手に後ろに下がって行く。Mさんはオロオロする私達二人を不思議そうに眺めながら奥の院を参拝していた。
豊川稲荷が怒っていたのではなく、こちらが犬頭神社で気付いた「鳥居は結界」の事を実践で教えてくれたのではと思う。余談だが、頭はぐらぐら していたが敷地の大鳥居を潜ったらスッキリしていたのが不思議だった。
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| 姫ヶ城跡の稲荷 |
岡崎市保母町には姫ヶ城跡という史跡がある。小さな山の上には昔、城が建っていた。現在、その場所には何時頃からあるのか定かではないが、稲荷が祭られている。昨年の四月、隣町の小美町を調べていて偶然ここの稲荷のお祭りが近い事を知った。四月二十九日だったと記憶している。父と二人で行く予定をたてていた。 お祭りの前日、急遽人と会う予定が入ってしまった。お世話になっている方からのお誘いだったので断れなかった。当日、朝からその方と会っていたが、昼1時頃になって何か「稲荷のお祭り行かなきゃなぁ」という想いが段々と強くなっていた。予定を早く切り上げ行く事にした(Oさん、すみませんでした )
帰宅し1時30分に父と姫ヶ城に向った。3時に山の麓に到着し「いくら何でもお祭り終わってるよね」と話ながら頂上を目指した。私が先に登頂すると近所の人達が大勢で世間話をしていた。もう終わったみたいだ 遅れて父が最後に登頂…と同時に神主が話始めた。
「皆様、例年と比べて大変遅くなってしまいましたが、唯今より祭事を執り行います」なんと、父が着いた途端祭りが始まったのだ
当然、我々は余所者な訳だが、町の人は温かく迎えてくれてお神酒を頂き、その後餅投げが始まった。ここでも不思議な事が起こった。流石に餅を拾うのは厚かましいと思ったので一番遠くで離れて見ていたが、餅が自分の所ばかりに転がってくるのである。飛んできなそうな所に移動すると今度はそこ目掛けて餅が転がって来た。転がってくる餅の軌道を見ていたらありえない角度で曲がってこちらに来るのだ
稲荷が「持ってけ持ってけ」と歓迎してくれているようだった。 保母の皆さん、お稲荷さん、その節はありがとうございました。
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| 不偶の森 |
名古屋市の隣町に海部郡甚目寺町がある。そこに仕事に出かけた帰り道、川沿いにある古い神社を見つけたので寄ってみた。名前を「萱津(かやづ)神社」という。新聞記事やニュースでも極たまに取り上げられる、日本で唯一の漬物の神様だ。 偶然立ち寄ったこの神社には、ヤマトタケルと宮簀媛命の伝説が残されていた。こんな話だ。
ヤマトタケルは伊吹山に住む神を倒しに向った。出発間際、妻の宮簀媛命は熱田の神剣「草薙の剣」を持っていくよう勧めたが、タケルはそこまでは必要ないと断った。伊吹山に向う道中、立ち寄ったのが萱津神社で、地元の人々は香の物(漬物)でもてなした。タケルは「藪に香の物だな」と言ったという。
伊吹山の神はタケルの想像を超える強い神だった。拳大はあろうか大きな雹を降らせるなどしてタケルに深手を負わせ、軍は撤退した。 撤退後、現在の萱津神社付近で休息中、部下の一人がタケルの命が危ういと察し、一足早く宮簀媛命の元に馬を走らせた。報せを受けた姫は単身馬を走らせタケルの元に向った。しかし、タケルは次の命令を守る為その地を後にしていた。その道中タケルは絶命する。姫とタケルは二度と会うことは無く、萱津の地に辿り着いた姫は人目を憚る事なく泣き崩れたという 以来、この地は「不偶の森(あわでのもり)」と呼ばれるようになった。
姉子神社で写真の御縁を頂いた後、最初に寄った神社がこの萱津神社だったのも何かのお導きだったと思う。上の話は、古事記にも載っていない民間にのみ伝わる悲しい話だ 神々の歴史は、人間だれもが体験する生々しい喜怒哀楽を伴った話だ。その後、姫は生涯独身を貫き草薙の剣を現在の熱田に祭ったという。タケルへの愛を貫いたということだろう。
姉子神社のご利益として「縁結び」がある。自信が辛い経験をした為、後にこのような事がないよう縁結びの神になったのかもしれない。
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| 斎山稲荷 |
斎山稲荷は姉子神社の元宮がある山続きに祭られた稲荷社だ。何時頃からそこにあるのかは調べたが分からなかった。姉子神社の管轄ではないらしい。
斎山稲荷に向う道は二つある。一つは姉子神社の方から向う殆ど獣道といった風情の道と、名和古墳群から向う道だ。初参拝時は前者の道で行った。山の頂上に着くと奥の院が現れた。この参道は誤りだったなと思いつつ先に奥の院を参拝したが、その建物を見た時 と思った。奥の院は神社や寺において最重要な場所である。中に入れない所もあるくらいだ。それなのに斎山稲荷の奥の院は何かの拍子に地すべりしてもおかしくない崖スレスレに建っていたのだ
何でこんな危ないところにあるんだ?と疑問を感じながら本殿を参拝し別ルートで山を降りた。降りた所は姉子神社の調度反対方向である。止めてあった車まで歩いていった訳だが、今の姉子神社の境内は半分が住宅地になっていて車に向うには一度入り組んだ住宅地を抜け(境内を出て)道路沿いを歩いて行くしかなかった。車に着くまで40分くらいかかった。道中、車で移動すればよかったなとブツブツ言いながら歩いていたら、家と家の間に木で出来た小さな鳥居を発見した。神社が無いのに何で鳥居があるんだと思い鳥居から姉子神社のある山を観たら、調度その直線上が斎山稲荷の奥の院がある辺りだった。崖ギリギリにあったのは此処からお参りする人の為に建っていたんだなぁと思った。
はっきりした情報は無いが、昔は姉子神社は誰でも参拝出来る神社ではなかったのかもしれない。
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| 破片 |
名和古墳群は6世紀頃の円墳で現在は三基残っている。氷上姉子神社の境内にある事から多分熱田一族の古墳だろう。この古墳には父と訪れた。周りが畑になっていて名古屋市指定文化財の看板がなければそれと分からないような比較的小さな古墳だった。
訪れた日の前日が大雨だったおかげ(?)で周辺の土砂が洗い流され、そこで父は古伊万里の破片を見つけた。 そう言えば似たような事が嘗てあった。岡崎市に北野廃寺跡という史跡がある。飛鳥時代に建てられた大伽藍の跡だ。そこに行った時も、父は広大な敷地(しかも地面は砂利)を少し歩いただけで当時の瓦の破片を見つけたりした
父は病のせいで左目の視力を殆ど無くしているのに、こういうものはパッとみつけてしまう。ぼんやり光ってみえるそうだ。
長年近くで過ごしてきたのであまり違和感はないが、改めて考えると不思議な人だと思う。
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