もみじの記録帳
古き良きものや、日々の気付き、思ったことを気ままに記録しています。
榎峠
昨年9月、所属している経営者の勉強会で新潟県長岡市に研修に行った。そこから遡ること3ヶ月前の6月、下見に行った方達が訪れた「榎峠」という古戦場を調べなければならなくなった。

そんな中で興味深い昔話に出くわした。「榎峠」の名前の由来とそれに纏わる話だ。事件がおこったのは明治時代のことだった。何時ごろからあったのかは定かではないが、この峠の何処かに榎の御神木があった。この榎の木、根っこが又になっている部分に水が湧き出ていたそうだ。この水は眼病に良いと言われ明治の頃まで目の病に苦しんでいる人々が水を求めて訪れていた。

そんなある日、明治政府の役人がこの木を切り倒すよう一人のキコリに命じた。新しい時代になるのに、そんな迷信めいた事は必要ないというのが理由だった。

命を受けたキコリは榎を切り倒す為、斧を振るった。と、その時である。振り上げた斧ごとキコリは転落し亡くなってしまった。慌てた役人は榎を切るのを断念したという。

御神木は霊木とも言う。特に霊験談を持つ木は重大な物語が隠されている。これ以上調べようとするなら現地に行かねば分からない。でも消された神々の歴史があるような気がする。

明治時代は日本の近代化にはなくてはならない時代だったと思う。しかし、近代化を急ぐあまり、「古き良きもの」にとって受難の時代でもあった。廃仏毀釈などはその例だろう。

明治、大正、昭和、平成・・・。残さなければならないものが減ってきているのは寂しいものです。

※榎峠の榎は昭和になって切り倒されてしまったそうです。



箕面山にて
7月1日、父と大阪の箕面山(みのおやま)と奈良に出かけた。出かけた理由は、現在執筆中の「地蔵寺縁起書」において、どうしても調べなければならない神、「辨財天」が日本で最初(最古)に人間の前に現れたという伝説が残る場所が箕面山だったからだ。

また、最初に出会った人間というのが、日本における世界遺産の一角を担う金峰山で有名な、修験道の開祖「役行者」だという。

この日帰り旅行は何と説明したらいいのだろうか、とんでもなく面白い旅だった。おいおいこのブログでも紹介して行きたい。


牛御前
史実、伝承によれば勇猛な武将であった金太郎。そんな金太郎の優しさを感じるエピソードが東京隅田川付近の民話に残っている。源頼光と牛御前(牛鬼)との戦いだ。

民話によれば時の将軍の娘に、牛のような醜い顔をした女児が産まれた。(後に牛御前と呼ばれる)忌み嫌った天皇は乳母に殺してくるよう言いつける。しかし、乳母はどうしても殺すことが出来ず、こっそり山の中で育てることにした。
その女児はすくすくと育ち、山の中で様々な英才教育(妖術、軍学)を受けた。時がたち、捨てた女児が生きているとしった将軍は源頼光(息子)に娘を殺すように命令する。兄と妹の戦いだ。

源頼光には四天王と呼ばれる有能な4人の部下がいた。金太郎もその内に含まれていた。実の妹を殺すという新たな任務を聞いた時、従順な金太郎は始めて源頼光に拒否の姿勢を示した。これには、同じ山の中で不遇な生活をしていた牛御前に同情していたのではと思う。
民話の中には事前に金太郎は単身、牛御前の下に行き、命を助けるから降伏するよう呼びかけたとか、この戦いは参加しなかったとの説も残っている。

金太郎の必死の訴えも空しく、源頼光と牛御前は戦い、牛御前の最後は隅田川に身投げしてしまったそうだ



金太郎の話3
〜続き

こうして、戦地で亡くなった金太郎は、その後神として祭られることとなった。手元の一冊の本には驚くべき記述があった。子供の日の由来についてだ。

旧暦の9月18日が、金太郎を祭る「金時祭り」だった。盛んに行われていたが、一時廃れてしまった。人々は忘れようとしていた・・・。時は昭和6年恐るべき事がおこる。
全国にいくつかある、金太郎が祭られている神社の一つに、箱根外輪山「金時山」の中腹に「金時の宿り石(大きな岩)」があり、そこには祠が祭られている。その「宿り石」が突然二つに割れたのだ。

石が割れたと時を同じくして、日本にジフテリアが大流行する。大勢の子供が亡くなった。(余談だが父の兄もこの時亡くなった)
今では考えられないが、戦前の日本には「得体のしれないもの」への恐れが根強くあった。この緊急事態に政府がとった方針・・・。それが「金太郎の祟りである。国民皆で手厚く祭ろう」であった。

それ以後、新暦の五月五日が子供の日となり金太郎の祭り日となった。金太郎の人形は金太郎を偲ぶ為、ちまきはお供えと考えると、今なお続く風習にも納得がいく。

続く〜
金太郎の話 2
続き

金太郎が仕えることになった源頼光には数々の妖怪退治伝説が残っている。蛇、鬼(酒呑童子)、土蜘蛛、牛鬼などなど、様々な妖怪を金太郎を含めた部下達と共に退治してきた。すべて調べた訳ではないが、どうも「妖怪」となってしまっているが、もともとは人間だったと思う。権力者に都合の良いように作り変えられた話になっていたのではないのだろうか?一度、源頼光の生涯をきちんと調べてみようと思う。

金太郎はその異能の力故、様々な妖怪退治(戦場)に借り出された。そして最後は、戦地にて病没している
死ぬ寸前まで源頼光とともに無茶な扱われ方(いつ死んでも構わないという無茶な命令)をされたのではないのだろうか?

どこかヤマトタケルの話と似ているなと思った。

続く〜