もみじの記録帳
古き良きものや、日々の気付き、思ったことを気ままに記録しています。
宮参りの着物
何時頃からの風習なのか、日本人は子供が産まれると神社にお参りに行く。昔よりは少なくなったのかもしれないが、親に抱かれた赤ちゃんは、男でも女でも着物を掛ける風習がある。着物屋では産着とか、のしめ(以下これで統一)とか言う児童用の可愛い着物だ。

のしめは大人が着る着物の小さい版だが、一箇所、大人の着物と仕立てが違う所がある。手首が通る「袖口」と言われる場所だ。普通、着物の袖口は手首が通る箇所以外は縫ってある。しかし、のしめの袖口は全く縫っていない。「パカッ」と開いている状態にわざと作ってある。また三歳を過ぎると大人と同じように袖を縫う。これはどういう事なのか?

これには宮参りに関係した理由があった。つまりこう云う事だ。産まれてから三歳までは、子供が成長するのに不安がある。そこで、万が一子供の身に悪い事が起こった場合、神様が空いた袖口に手を突っ込んで助けてくれる。しかし、三歳を過ぎれば今度は親の責任で子供を何とかしなければならない。だから三歳を過ぎれば袖を縫う・・・こんな話が元になっているのだ。

こういう風習を調べる度、昔の日本人は今より神・仏・自然といったものが身近にあったんだなぁと思う。
天部の世界
「天」を調べていたら、初めて知ることが多かった。仏教においての天界、所謂天部という神々が住む世界はこのように分けられる。階層があるのだ。

欲界(六欲天とも言う)・・・四天王衆天(下天)、忉利天、夜摩天、兜率天、楽変化天、他化自在天
色界・・・六欲天の上にあるもの。十八天ある。欲を離れた物質世界。
無色界・・・色界のさらに上にある世界。四天ある。純粋な精神のみの世界。

よく大得意で調子こいてる人の事を指して「有頂天になる」と言うが、実は天界の最も上にあるのが「有頂天」だそうだ。

面白いなと思ったのは、仏教における神々は欲が完全には抜け切れない修行中の存在という事だろう。人は悩んだり、成長する為に問題にぶち当たる。でも神様も同じように(度合いは違うだろうけど)修行中なんだなぁと考えると何か親近感が湧いてきた
「下天」 敦盛の話
織田信長が好んだ「敦盛」の有名な一節に「人間五十年。下天の内をくらぶれば夢幻のごとくなり」というのがあるが、ここに出て来る「下天」というものが長い間だった。

ふとまた気になりだしたので調べてみた。ここで言う「天」とは仏教で言うところの、天部(仏教に取り入れられた古代インドのバラモン教の神々)がすむ世界のことだそうだ。

その天も幾つかの階層に分かれている。その中で一番下の天界が「四天王衆天」と言い、別名「下天」という。下天の一日が人間の五十年に相当するそうだ

「敦盛」では「人間の一生など天部と比べれば一瞬だぞ」という事が言いたいのだろう。二度とない一日を無駄なく過ごそう。
今年になって間も無く、雪山での遭難事故があった。4人亡くなられたそうだ
亡くなった方や御家族の事を思うと辛くなる。
冬になると毎年遭難事故が起こっている気がする。「八甲田山」という小説を以前読んだが、どうしても遭難した原因を指揮官に求めてしまいがちだが、あの失敗した原因がボケてしまっていると感じた。そもそも「冬山には入ってはいけない」と昔から日本人は考えていた。何故なら山の神が冬には帰って来ていると信じられていたからだ。

小説の中でも村人が同じような事を語る場面がある。趣味が高じて、自分でも不思議な体験をし、信じられないような写真を見てきた。今迄ただ漠然としたいたものが確信として感じるようになった今、山に神がいても不思議ではなくなった。

実際、登山をして被害にあった方には申し訳ないが、なんらかの配慮が欠けていたんじゃないのかなと思う今日この頃です。
色について
本日、先輩の講義に出席してきた。色に関する講義だ。正確には「オーラソーマ」と言うらしいが興味深い内容だった。

講義を終え、今迄、色というものが持つ力はあまり考えた事がなかったが、言われてみれば思い当たる事が多いなと思った。

こんな事を思い出した。昔、奈良県にある高松塚古墳を調査した時の事、古墳内から見つかった遺骨の顔が真っ赤(水銀?)に塗ってあった。これは魔除けらしいが、赤には「NO」という拒絶の意味があるそうだ。また同墳内部の壁には「青龍」「白虎」「朱雀」「玄武」の聖獣が描かれていた。これらも頭に「色」がついている。「オーラソーマ」自体の歴史は分からないが、日本でも遥か古代の人々は色の力を理解していたのではないのだろうか。

趣味で始めた神道や仏教の研究も「色」という観方をすれば新たな発見があるかもなと思った。

wakaさん、ご講義ありがとうございました。