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常福寺 最終回

2012.04.13(17:18)

〜続き

山中に設置された八十八ヶ所巡りは続く。
しかし、石仏の数は本当に多かった。簡単ではあったが一つ一つ手を合わせて行く。

常福寺12

この霊場の頂上と思われる辺りに古墳があった。

常福寺13

古墳の名前からこの山は大師山というのが分かった。
発掘は既にされているようで、石室の一部が見えていた。

常福寺14

丁度この近辺で、反対側から登って来た親子連れとすれ違った。
「この人達、反対から回っているんだと。」 と思った。

常福寺15

この古墳を過ぎてからは、まだ暫く終点まで道は続いた。
やがて、出口が近付いてきた。
もうじき下に着きそうである。

常福寺18

出口に到着。が、そこに有った石碑を見た時、妙なものがあった。

常福寺16

それはこちらが入口ですよという指先であった。
そう、反対に回っていたのは自分達だったのだ。
八十八ヶ所巡りを逆に回る事を「逆打ち」と言うそうで、これは死者を復活させる為の儀式である。
まぁ、やってしまったものはしょうがない。

この山登り、すぐ済むだろうと思って出発したら結構時間が掛かった。
時計を見れば、きっかり50分だった。

ここで、ふと疑問に思う事があった。
何故、父は初めて来たこの寺の八十八ヶ所巡りが50分掛かると知っていたのだろうか?

まあこんな事は良くあることなので気にはしなかった。

この後、法要に参加し帰宅した。
素晴らしい五大明王なので興味のある方は、ぜひ一度お参りに行ってみて下さい。

おしまい。


※後日談
後で分かったが本年平成24年は、八十八ヶ所巡りを行う場合、逆回りをしてもよいそうです。
どうも「うるう年」に関係ありそうです。



常福寺 その2

2012.04.08(11:18)

〜続き

この日、到着し、参拝が終わってから時計を見たら、13時を少し回ったところだった。
午後の法要は14時からだったので約1時間あとである。

出かける前、事前に調べたら常福寺さんの裏山に何やら謂れがある岩があった。
また山を良く見ればあちこちに石仏らしきものがある。
四国八十八カ所が造られているようだったので、これをお参りすることにした。

山に入る少し前、父が「一周すると五十分かかるけど、何とか法要に間に合うぞ。」
と言っていた。この時は「へぇー、そうなんだ。」位にしか思っていなかった。

常福寺6
山に入る。足場は歩きやすくなっていた。

最初にあったのが謎の岩である。
常福寺8

岩の横には来歴が掘られた石板があった。
常福寺7

お坊さんに出された食事が岩になったという不思議な伝説だ。
このごはんが岩になるという話は奈良の長谷寺にもあるらしい。

誠に奇妙な昔話だ。何か隠された秘密があるかもしれない。
北東に祭られたというのも意味深である。

常福寺9

歩を進めると最初にあったのはお不動さんだった。
山の中にある石仏。これはこれで観ていて楽しい。
自然の中から現れた感じがする。

常福寺10

山中の八十八カ所巡りは高低差のある、上がったり下がったりのコースだった。

常福寺11

次は十一面観音だろうか。
優しいお顔だった。思わず手を合わせる。

あまりのんびり出来ないので、先に進む。

続く〜


常福寺 その1

2012.03.31(11:02)

時は遡ること本年1月3日。三重県は伊賀にある古刹、常福寺さんにお参りに行った。

常福寺1

こちらのお寺は、長谷寺の観音様について調べている時に偶然知ったお寺で、
日本でも珍しい平安期の五代明王が揃って祭られているのだ。

古い五代明王の作例は京都の東寺くらいしか知らなかったので、
まさか近場の三重県にあるとは驚きだった。

この日は正月三が日の特別開帳で、法要も行わていた。

常福寺2

お寺参りは何でも無い平日に行くのが空いてて好みであるが、
法要に合わせて参加するのも楽しい。
場の雰囲気が全く違うからだ。

このお寺、珍しい仏像があるので参拝に行った訳だが、
実はこの仏像の背景に横たわる昔話がとても興味深い。

前回紹介した近長谷寺の霊木十一面観音像。
奈良と鎌倉を合わせて計三体作成されたのだが、
元の木が所謂、不敬な気持ちで接すると祟りをなす霊木である故、
観音像を作った際に出来る、余った材木も粗末にしなかった。

常福寺さんの五代明王は、この余材で作られた明王像なのである。

詳しくはお寺のホームページを見ると分かるが、故に総本山は奈良の長谷寺であった。

五代明王は基本的には秘仏であり、五体全てが一つの厨子の中に収まって居る。

不動明王を中心として祭られるその姿は、真に力強く素晴らしい。
個人的には、東寺の五代明王に匹敵すると思う。

常福寺3
(不動明王の御姿。常福寺HPより)

信長のいた時代に戦火建物が焼失したことがあったが、
本尊5体は何とか運び出され、焼失を免れた。

先人のこの働きがあったればこそ、今日お姿に手を合わせる事が出来る。
有り難い事である。

続く〜


近長谷寺 最終回

2012.03.26(11:52)

〜続き

近長谷寺44

いよいよ最後の火渡り神事に移行する。
刀を手にした山伏達がそれを振り下す。

近長谷寺45

そして注連縄を取り、松明にて点火される。

近長谷寺46

護摩壇と同じく勢いよく燃え広がる。

近長谷寺47

火が点いた後も、刀を振り下していた。
この所作は何度も何度も念入りに行われていた。
刀で一体何を切っているのだろうか?

リーダー各の山伏は奥で坐し、印を結んでいる。

近長谷寺48

山伏達の刀の所作が終わった後、リーダー各の山伏が立ち上がり、
一人で刀の所作を行ったり、大きな御幣を持ち勢いよく振り始めた。

近長谷寺49

火が落ち着くのを見計らい、人が渡る場所を清めている?

近長谷寺50

そして木の上を渡り始めた。

近長谷寺51

さて、いよいよ参拝客が火渡りする場面である。
参加は自由だが、この場にいた人はおそらく全員火渡りを行っていた。

近長谷寺52

私もせっかくなので参加させて頂きました。
火渡りを行う際、手に小さな御幣を持たされる。

説明はなかったが、これは「依り代」なのだと思う。
厄除けの為のものだろうか・・・。

山伏達の法要はこれにて終了。
その後、堂内にて僧侶達の法要が行われていたが、帰りのこともあったので
ここで帰宅することにした。

最後にもう一度御本尊をお参りした。

産まれて初めての火渡り神事。
もみじにとっては大変有り難く、貴重な体験でした。

近長谷寺は毎月18日が御開帳ですが、
この法要は一見の価値があります。

おしまい。



近長谷寺 その8

2012.03.21(15:26)

〜続き

大量の煙が収まると、護摩壇の炎が見えてきた。

近長谷寺37

火はだんだんと激しく燃え盛る。
これらの写真は同行した父が撮影したものだが、
後で聞いたら、不動明王の真言をとなえながら写真を撮っていたという。

近長谷寺39

不思議な写真が数枚撮れた。
炎の形が片足を投げ出した結跏趺坐の状態のお不動さんになってきた。

近長谷寺40

台座に腰かける、横から見た炎の明王に観えないだろうか?
私には足の指まで確認出来る。

父の話だと、リーダー各の山伏の印の所作に呼応していたように思えたそうだ。

近長谷寺43

見ていて気付いたが、印の所作は見せれるものと見せれないものがあるようだ。
長い法要の中で、印は幾つもあったが、袖に隠されたものは多い。

素人が真似してもらっても困るのであろう。

法要はいよいよ終盤に差し掛かってきた。

続く〜








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